先に〈鷹匠橋〉を紹介しましたが、今回はそれにつづく「御立場道」です。昭和8年発行の滝野川町誌には、コラム記事として以下のように記載されています。
『御立場道跡:今の省電駒込驛の東口から、中里の聖學院赤門前へ出る道で、将軍の鷹狩には、この道から鷹番山へ出たものといふ。』(「滝野川町誌」 昭和8年)
鷹番山は、現滝野川会館横にあった「御用屋敷」と思われますが、「新編武蔵風土記稿」には、『御用屋敷 村の巽にあり西ヶ原に跨り一萬二千五百三十二坪の地なり、内當村に係る事七千七百四十五坪、近き年御遊猟の時兎狩をなさしめられしより、兎御用屋敷とも號す、構内に御立場あり、又、御鳥見の者御役宅あり、此地は元酒井雅楽頭のなりしか、享保〇年御用屋敷に定めらると云、』(「新編武蔵風土記稿巻之十七 豊島郡之九 上中里村」)と「構内に御立場あり」と記されています。
2024年6月18日一部改