名のみ美しき溝渠、もしくは下水

谷田川物語3

永井荷風は「日和下駄」(1915年・大正4年)で東京の<水>を論じている。水のありようを5つに分類し、王子の音無川(石神井川)と根津の藍染川(谷田川)を取り上げている。音無川は、細流(さいりゅう)。藍染川は、名のみ美しき溝渠(こうきょ)、もしくは下水としている。

東京の水を論ずるに当ってまずこれを区別して見るに、第一は品川の海湾、第二は隅田川中川、六郷川の如き天然の河流の、第三は小石川の江戸川、神田の神田川、王子の音無川の如き細流、第四は本所深川日本橋京橋下谷浅草等市中繁華の町に通ずる純然たる運河、第五は芝の桜川、根津の藍染川、麻布の古川、下谷の忍川の如きその名のみ美しき溝渠、もしくは下水、第六は江戸城を取巻く幾重の濠、第七は不忍池、角筈十二社の如き池である。井戸は江戸時代にあっては三宅坂側の桜ヶ井、清水谷の柳の井、湯島の天神の御福の井の如き、古来江戸名所の中に数えられたものが多かったが、東京になってから全く世人に忘れられ所在の地さえ大抵は不明となった。

「日和下駄 一名 東京散策記」(永井荷風)青空文庫
PAGE TOP