谷田川の橋

谷田川物語(9)

谷田川には滝野川町誌によると以下の表の様な橋が架かっていました。

霜降橋と谷田橋については、交差点名などに引き継がれ今も残る橋名です。

この二つ以外の具体的な所在と橋名の由来を考えてみます。
 田端の「相生橋」は、
中里の「鷹匠橋」は、現在の滝野川会館に隣接する場所に鷹番と云う字名があり、江戸時代には御用屋敷として鳥見役所があり、現都立駒込病院には、鷹匠屋敷があり、鷹匠屋敷から鳥見役所への経路上にあった橋と考えられます。

同じく中里の「山王橋」は、中里付近の「山王」は、駒込付記にある日枝神社があります。
同じく中里の「前畑橋」、かつて小字名として「前畑」がありました。
田端と中里の境にあった「松谷橋」は、田端と中里の大字境と谷田川の交点は、松谷橋の由来は不明。この田端界隈で初めてできた銭湯の名に「松の湯」があります。

「霜降橋」は、〇〇によると江戸時代は境橋・立会橋と呼ばれています。