谷戸川の「ヤト」とは

谷田川物語(11)

【谷戸】(地名用語)
ヤトはヤチ(谷地,矢地),ヤツ(谷),ヤ(谷)と同源の語で,低湿地の意(→その条)。 関東地方,とくに神奈川,東京,埼玉に多い。たとえば観音谷戸,奈良谷戸,内裏谷戸,大谷戸,小谷戸,上谷戸,下谷戸・八幡,谷戸,清水入谷戸など。茨城県霞ケ浦の東岸,玉造町の新田に夜刀神社(ヤトジンジャ)がある。常陸風土記に見える夜刀の神という蛇神を祭ったのだが,俗に愛宕(アタゴ)の神を祭るというのは,後世の変改である。ヤトとは沼沢地のこと。ヤチ(野地,谷地,萢)と同義(→その条)。沼沢地に住んでいた蛇を,神として祭ったのである。

地名語源辞典・山中嚢太・1968(昭和43)年9月30日初版発行・㈱校倉書房

やち【谷地】
(地名用語)東日本の方言でヤチは沢,低湿地であるが,アイヌ語でも沼沢地をヤチという。谷を意味する東日本の方言ヤツ,ヤト,ヤはこのヤチと関係の語で,谷は沢であり,低湿地なのである。ヤチにはいろいろの字を書く。ヤチの地名は,東日本,とくに東北に多い。 たとえば谷地(群馬,福島),屋地(山形)・矢地(福井),谷内(ヤチ,石川,富山,新潟),谷地賀(栃木).谷神(ヤチカミ,石川)・谷地小屋(福島),谷地新田(秋田),谷地中(秋田),萢中(ヤチナカ,青森),谷地森(宮城),芦鞄(アシヤチ,青森),後萢(ウシロヤチ,青森),姥谷地(ウパヤチ,新潟),大谷地(福島,岩手,秋田,新潟),大野地(オオヤチ,新潟),大谷内(オオヤチ,新潟)・大矢知(三重),片谷地(山形),新屋地(ニイヤチ,秋田),横萢(ヨコヤチ,青森),谷地頭(旧函館市街南端),谷地沢(秋田県側鳥海山中腹,標高500m)。→や(谷),やつ(谷),やと(谷戸)。

地名語源辞典・山中嚢太・1968(昭和43)年9月30日初版発行・㈱校倉書房

ヤト(谷戸・矢戸・八戸・屋戸・谷当)
関東地方の埼玉から神奈川に集中分布し、「ヤツ・ヤチ」と同義とみられる。『常陸風土記』行方郡に「ヤト(蛇)の神」がみえ、湿地・草むら・水沼り・窪みに棲む、「ヤト(蛇)」に由来するかと思われる。アイヌ語のyachi(湿地)は借語かもしれず、今後、検討を要する。

地名語源辞典・吉田茂樹・1981(昭和56)年2月・新人物往来社

やと 谷戸(二)
神奈川県横須賀(よこすか)市浦賀(うらが)町にあった地名。江戸期に「谷戸」で見える。神奈川県下には「谷戸」 の小字名が多く現存しており、従来の「ヤト(湿地)」説は成立しない。「ヤト(谷処)」の意で、台地や丘陵地の間の小さい谷間の地をいう。

日本地名大事典(下)・2004(平成16)年・吉田茂樹・新人物往来社

樋口氏は日本人が好んできた景観を分類した。その中で、両側から山がせまる谷の景観を「水分(みくまり)神社」型景観としている。
両側から山がせまる谷の景観は、上流方向と下流方向にのみ視界がひらけ、はっきりとした方向性をもった景観である。日本人は農耕適地を求め、谷川の水の音を慕って上流へ上流へと遡った。
そして一族がまとまって安住できるようなころあいな平地があれば、山から流れでてくる水の田への最初のひき入れ口である水口、山から山麓の緩傾斜の地にうつる勾配変換の地に、水を豊かに分ち与えてくれる「水分神」を祀り、そこからごくわずかな傾斜をもって広々と裾をひく山田を営んだ。
ここに生まれたのが、日本人の心象風景として今でも人々の心の中に生きつづけている、柳田国男が「古い土着の名残を留めた昔なつかしい好風景の地」と形容する景観であり、私が「水分(みくまり)神社」型景観(図35)と呼んだ景観である。
両側から山のせまる谷と水の流れのつくりだす奥へ奥へと誘う空間を遡る時、人は何か水分神を中心とした安住の地が開けるという期待感につながっているとともに、死者の霊が上昇し昇華していくという感覚ともつながっていた。
集落を流れる川を上流に遡った、小闇く寂かなる谷の奥は、死者を送るのに最も好ましい場所とイメージされたようで、ここに「山宮」が祀られたという。
死霊はここであらゆる汚濁と別れ去り、青雲たなびく嶺の上に昇華し、そこからかつて棲んでいた国原を眺め見おろしていると考えられていた。
私は、このような谷の奥の景観を「隠国(こもりく)」型景観(国36)と呼んだ。
さらに、山の奥の奥の、奥の谷間にある焼畑農耕や木工木地(きじ)などを営む集落が、谷を遡った奥には何か別天地があるのではないかという谷の景観がもたらす遡行のイメ一ジと重なって、「隠れ里」という異郷伝説を生んだことについてもふれた。
また、東日本で谷地(やち)・谷(やつ)といわれる山の辺の小さな谷地形が、「水分神社」型景観に似た小さなまとまりのある農耕地を営んできたことと、鎌倉の禅宗寺院が、この谷地形を巧みに生かして、隠れこもれる静諸な宗教的景観を生みだしてきたことについてもふれた。